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スフレを穴だけ残して食べる方法

ドミニク・ロペス「絵画」その1

Lopes, D. 2013. “Painting.” In The Routledge Companion to Aesthetics, eds. B. Gaut and D. Lopes, 596-605. 3rd Edition. Routledge.

 

ウェブ上に掲載されている数多の読書ノートには助かっているので、自分でも書いてみることにした。かっちりしたものを書こうとするとおそらくモチベーションを維持できないので、ゆるく書いていく方針だ。その代わり、哲学にあまりなじみのない人でも読みやすいものにしようと思う。

 

今回は、分析美学の定評ある教科書である『Routledge Companion to Aesthetics, 3rd edition』より、ドミニク・ロペスが絵画の価値について論じた章を取り上げる。

 

The Routledge Companion to Aesthetics (Routledge Philosophy Companions)

The Routledge Companion to Aesthetics (Routledge Philosophy Companions)

 

 

はじめに

絵画に特有の価値、言い換えれば、絵画が絵画としてもつ価値とは何だろうか。

たとえば、絵画は事物を表象したり*1、情動を表出したり*2するために、評価されることがある。

しかし、詩は絵画同様事物を表象できるし、音楽は絵画よりもいっそう力強く情動を表出するかもしれない。

そこで、絵画に特有の価値を見つけるには、詩や音楽にはない、絵画ならではの特徴を見つける必要がある。

絵画の特徴や価値を説明するものとして、ロペスは四つの立場(模倣説、形式主義、平行説、二重説)を取り上げ、検討していく。

模倣説

一枚の風景画を眺めるとき、われわれはあたかもそこに描かれている風景を眺めているかのような経験をもつ。

したがって、そこに描かれている風景が見る価値のあるものであるならば、その風景画もまた見る価値があるといえそうだ。

 

模倣説(mimetic account)によれば、絵画の価値はそこに描かれているものに由来する。ただし、この立場を正確に理解するには、絵画の主題と内容を区別しておく必要がある。

  • 主題(subject):絵画が表象する対象のこと。
  • 内容(content):絵画が主題に帰属させる性質のこと。

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Pablo PicassoGertrude Stein, 1905-1906.

たとえば、ピカソ肖像画ガートルード・スタイン』はガートルード・スタインを厳格な人物として描いているが、この作品の主題はスタインであり、内容は〈厳格な人物である〉といった性質である。

絵画の内容は、その主題が実際にもっている性質である必要はない。スタインは実際には内気な人物ではないかもしれないが、内気な人物として描くことは可能である*3

主題を内容と区別することで、模倣説の主張がはっきりする。絵画は、その主題を価値あるものとして描くとき、価値あるものとなる。

したがって、主題が実際に見るに値するものである必要はない。近所の公園は実際には見るに値しないかもしれないが、絵画はそれを改良し、見るに値するものとして描くことができる。

 

ただし、ある事物をしかじかの性質をもつものとして表象することは、詩にも可能だ。絵画が詩と異なるのは、その内容が視覚経験に進入する仕方である。

絵画を眺めるとき、われわれは一般に、〈その内容が絵画の内容によって決定される視覚経験〉をもつ。この経験を「対象現前経験object-presenting experiences」と呼ぼう。桜を描いた絵画を眺めるとき、われわれは桜のような視覚経験をもつ。当然ながら、桜を題材とする詩を読む際にこうした経験は生じない。

なお、対象現前経験はイリュージョンではない。つまり、その対象を直接見る経験と取り違える可能性のある経験ではない。実際、静物を描いたキュビスム絵画を眺めるとき、その経験は静物を実際に眺める経験とはまったく異なるが、われわれはなおも静物のような経験をもつ*4

 

最終的に、模倣説は次のように理解される。

  • 模倣説:絵画Pが価値Vをもつのは、PがVをもつ対象現前経験を引き出すとき、かつそのときにかぎる。

模倣説はうまくいくだろうか?ロペスはその問題点を三つ指摘している。

不快な事物を描く絵画

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Rembrandt, The Slaughtered Ox, 1655.

われわれは一般に、グロテスクな対象や暴力的な行為を見ることに嫌悪を覚える。一方、われわれはそうした不快な事物を描いた絵画作品を評価することがある。

模倣説は、絵画の価値全体をその内容に見いだすため、不快な内容をもつと同時に評価される絵画作品は模倣説の反例となりうる。

とはいえ、解決の手がかりはある。

われわれはなぜ悲劇を楽しむことができるのか?という問いに取り組んだアリストテレスは、われわれの快は劇の内容だけでなく、劇が表象であるという事実にも由来すると考えた。

これを絵画に適用しよう。われわれはときに、目の前にある平面が、対象現前経験を引き出すことで、対象を器用に複製しているという事実に快を覚える。平凡な事物を描くだまし絵が評価されるのは、まさにこうした理由からだろう。

もしかすると、不快な事物を描く絵画では、この魅力がその内容の不快さを上回っているかもしれない*5

しかし、模倣説がどうにかしてこの反例を説明できたとしても、以下の二つの問題点が残される。

絵画が引き出す対象現前経験の特徴づけ

彫刻がそうであるように、対象現前経験を引き出すのは絵画だけではない。では、絵画が引き出す対象現前経験は、他の事物が引き出す対象現前経験とどう違うのか。

模倣説はこれを説明する必要がある。

絵画のデザインの無視

模倣説は絵画のデザインの魅力を無視している。

  • デザイン(design):色や形といった、絵画が対象を表象するために用いる表面上の性質のこと。

ビザンティン様式のモザイクの、宝石がちりばめられた表面を考えればわかりやすい。

また、模倣説はファン・ゴッホの絵画作品にみられるような、画家の筆触による貢献を見落としており、この点は絵画を写真から区別する点でもある。

さらに、あきらかだが、模倣説は抽象絵画について何も言わない。

形式主義

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Hans Hofmann, Augast Light, 1957.

形式主義(formalism)は20世紀初頭、部分的には抽象芸術の流行に対応する手段として、芸術批評家であるクライヴ・ベルとロジャー・フライによって支持された。

ベルとフライは絵画の「造形的形式」と「図解的内容」を区別する。

  • 造形的形式(plastic form):表面上の色や形と、絵画が表象する三次元の形や面*6のこと。したがって、造形的形式は画像のデザインと内容を横断する。
  • 図解的内容(illustrative content):画像が表象する事物や、それらの事物が暗示したり、表出したりするもの。抽象絵画とは、図解的内容をもたない絵画のことだと考えることができる。

平面性や筆触といった、絵画の形式的性質は絵画に特有のものである。それゆえ、形式主義は絵画に特有のものを特定できているといえる。

そして、形式主義には強いバージョンと弱いバージョンがある。前者はベルに、後者はフライに由来する。

  • 強い形式主義:絵画の価値はその造形的形式にある。図解的内容は絵画の絵画としての価値に関与しない。
  • 弱い形式主義:互いに独立した価値をもつ二種類の絵画芸術がある。つまり、図解の芸術と造形的形式の芸術である。

強い形式主義は弱い形式主義が維持できるときにのみ維持できるため、後者の検討に集中しよう。

三つの主な理由が、弱い形式主義の擁護に用いられてきた。

  1. 造形的形式と図解的内容は互いに独立に変化しうるため、一つの形式が多くの事物を図解したり、多くの形式が一つの事物を図解したりすることができる。
  2. われわれは絵画が表象するものと絵画の形式的性質を経験することができるが、両方を同時に経験することはできない。
  3. 図解の目的と形式的デザインの目的は異なり、かつ競合する。

ここで重要となるのは第三の理由だが*7、ロペスはまさにこれを問題視する。

たしかに、画家は一方の目的を追求するために、他方の目的を無視することがある。

しかし、画家は造形的形式と図解的内容の統一を目指すこともある。そして、一部の絵画作品は、まさにそうした統一を達成しているかぎりで、評価されるのだ。

 

こうして、模倣説と形式主義を検討してきたが、いずれもある程度の説明力をもつが、難点をかかえていることがわかった。そのため、ロペスは第三の道を探求していくことになる。ただし、この道は二又に分かれているようだ。

 

次回:ドミニク・ロペス「絵画」その2 - #EBF6F7

 

*1:「表象representation」とは他の何かを表すこと。たとえば、食品サンプルは料理を表象する。ただし、分野によって用法が異なるので注意。

*2:「情動emotion」とは喜怒哀楽を典型例とする一種の心理状態のこと。ベックリンの『死の島』のように、絵画は目には見えない情動を「表出express」することができる。

*3:主題と内容の不一致の極端な例は、政治家を動物として描く風刺画だろう。

*4:ここで以下の問いが浮かぶかもしれない。静物を実際に眺める経験とはまったく異なるにもかかわらず、静物のような経験をもつとはどういうことか?この問いに対するロペスの見解は本章では示されていないが、『Understanding Pictures』において確認することができる。

*5:ただし、ロペスはこの説明がうまく行かないことを示唆している。

*6:ハンス・ホフマンの「プッシュ・アンド・プル」の絵画を考えるとわかりやすい。

プッシュ・アンド・プル | 現代美術用語辞典ver.2.0

*7:最初の二つの理由は、第三の理由と組み合わせてはじめて、造形的形式と図解的内容の価値は互いに独立であることを示す理由となる。